「もう一段の丁寧さ」とは?(思いつきの羅列)

感覚的に感じる「もう一段の丁寧さ」というのがいま一つ掴めない。
「もう一段の丁寧さ」というのは、結局、ある程度こちらの思う答えを出して、どうそこに到達するかを考えさせる、ということなのかもしれないとも思い出した。けど、本当かどうかは分からない。
「確認して」では、自分の思っていることを確認してもらえない。「○○○を○○○に注意して自分の答えを確認して」とかという具合で言わないといけない感じ。
しかし、「○○○を○○○に注意して」というのは、自分の思うところにむりやり誘導しているような気がして、そういうことをいうのには少なからぬ抵抗がある。
けど、考えてみると、数人とか個別とかでやったらそういうことはいうはずだ。数人の研究会では、テキストの読みを誘導しまくっていた。
多数を一つの答えにまとめあげていくということに抵抗感があるということか。
中途半端に生徒の答えを聞いたりしようとするからあかんのか。
「こう読んだらとりあえず往生させた感じ」という裏に「必ず別の読み方があって、自らの読みは否定されるに違いない」という思いを持っているので、百人以上の人間に一つの読みをあてがうなど怖くてできない気がする。
でも、大学の講義ならできる。
なぜだ。
大学生は同じ土俵に乗っているからか?