助教と助教授

私の世間では、助教助教授をくらべれば、雲泥の差である。その間には、底知れぬ谷間があって、越えることはほとんど不可能ではないのかとすら思わしめる(助教授と助教は並立しない言葉なので、比較することがおかしいのだが)。
しかし、普通の人の世間では、助教という職はいまだ認知されていない。葬式の時に、奥さんの親族に何をしとるのか、と聞かれたら答えざるを得ない。
「大学におりまして。」
「何や?大学ゆうたら教授か?」
「教授ゆうほど偉いもんではのーて、助教ゆうのんですけど。」
「なんや助教授か。ほーたいしたもんやのー。」
助教授のもういっこ下に丁稚がおりまして。それを助教いいますねんけど。『授』がないんですわ。これがない分格が下ですねん。」
などといってみたのだが、「助教授」ということになってしまった。
まぁ。学会の名簿でも、「助教授」にまちがえられるのだから、世間の人が「助教」などという座りの悪い言葉を認識しているわけがないのである。
調査の時に、身分を名乗らなければならないときは、「助教授」と間違えられて不利益になることはないので、良いこともある。しかし、身内の、それもめったにあうことのない人たちに間違われているのは具合が悪い。